2012年4月 9日 (月)

こんばんは。

 

一昨夜のことですが、夢をみました。

 

それは・・・今、勤務している学校での、春休みも終わろうとする、とある夕方の出来事でした。

 

ぼくの目の前を、一人の生徒が部活を終えて歩いていきます。その子は、校舎と校舎のすきまを通り抜けて、校舎の向こう側へ歩いて行きました。

 

ぼくも、その後に続いて、そこを通り抜けようとすると、いつの間にかすきまの幅が1~2cmくらいになっていて、通り抜けることができなくなっていました。

 

そのとき、ぼくは、何か、その子に伝えたいことがあったので、あとでメールをしようと考えているんですが、最初、

 

「もう、春休みも終わっちゃいますね。また、新学期に会いましょうね」

 

・・・みたいな文面を考えていました。

 

 

しかし、ふと・・・そういえば、その子はこの春に卒業したんだった・・・ということに気づき、もう、高校にはいないんだなぁ・・・と思うと、ものすごく寂しいというか、切ないというか、そんな気持ちが自分の中にわき上がってきて、泣きたくなった・・・ 

 

 

・・・というところで、夢が終わりました(^^;

 

夢から覚めても、切ない気持ちだけが残っていたんですが、ふと、その子が卒業したのはこの春ではなくて、もっと前だったことに後から気が付いたりして、ちょっと不思議な感じでした(^^;

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2012年3月28日 (水)

後悔

こんばんは。

 

昨夜、ついこの間卒業したばかりの、うちのクラスの人からメールが来ました。

 

「明日、学校へ行っても良いですか?」

 

というメールでした。内容を見ると、学校へ届けたいものがあるということだったので、

 

「良いよー」

 

というメールを返したのでした。

 

・・・が、メールでいろいろ話をしているうちに、ぼくの母校?出身大学の定食屋さんでお昼ご飯を食べたいと言われ、それじゃあ一緒にお昼を食べに行ってみましょうか、と言う展開になったのでした(^^;

 
 

さて、そうして、今日、その子ともう一人仲良しの子の2人で大学へ出向いたわけですが、そこでお昼ご飯を食べているとき、どういう話の流れだったのか、昨年、その大学から教育実習に来た○○先生(そこの大学の学生さんです)も呼びだそう!と一人の子が提案し、ちょっと困りながらも、連絡をとってみると、

 

「行きます!!!」

 

との返事(^^; 申しわけないと思いながらも来ていただいて、いろいろ話をしているうちに、なぜか、さらにもう一人呼び出そう!!!と・・・さらに話が大きくなっていったのです(^^;

 

結局、教育実習に来た大学生の人たちを2人も呼びだすことになってしまったのでした(ちなみに、我々は、2人を呼びだしたら、それに満足してすぐに帰ってきてしまったんですが。笑)

 

いやー(^^; こういうことばかりして、他人様にご迷惑をかけてばかりではいけないよなー・・・と、「ちょっとだけ」後悔しました・・・と、そういうことを書こうと思って、ぼくは今日の記事を書き始めたのでしょうか???

 

・・・最初に、タイトルの「後悔」と書いたときは、ぜんぜん違う話を書こうと思っていたような気がするんですが、でもまあ、もう書いちゃったし、これで良いか(^^;・・・と考えて、アップします(笑)

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2012年3月26日 (月)

N響アワー

こんばんは。

 

タイトルの付け方が、これでいいのかどうかちょっと迷うんですが、昨日録画したN響アワーを見ていました。

 

今、ちょうど、シャルル=デュトワ指揮の幻想交響曲第2楽章を見て(聞いて)いたところでした。

 

曲そのものもそうなんですが、録音のせいもあるのかもしれませんが・・・演奏が、聞いていると、ものすごーくみずみずしくて、すごく何かを思い出させてくれるような、なつかしいようなそんな感じで、何とも言えない気持ちになりました。

 

最初は、コントラバスとハープの掛け合いの、ものすごい緊張感の中で曲が始まります。しかしそれはすぐバイオリンの、たぶん舞踏会を表しているほっとするような、でも、どこか熱にうかされている時のような、美しい旋律に引き継がれます。それはどこかこの世とは一線を画した世界の楽しい一時を表しているような、そんなことを感じさせる音楽がひとしきり流れます。

 

そのうち、曲は次第に華やかさを保ったまま、終末へ向かい、美しいクラリネットのソロの後、再び華やかな音を奏で、楽章は終わりを迎えます。

 

そんな第2楽章を聞き終えた後、何とも言いようのない、切ないような、なつかしいような、そんな気持ちで胸がいっぱいになりました。

 

ちなみに、今感じている気持ちは、決して不快なものではないんですが、でも、うまく表現できない感じです。

 

・・・と、書いていたら、番組の中で、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の最終楽章がふいに流れてきたんですが・・・今、自分が感じているものと、何か、すごくピッタリする感じがしたので、ちょっとビックリしました(^^;

 

えーと、そういうわけで、今日の記事は、ゴールを設定しないで書き始めた記事なので、こんな感じでもうしわけないんですが、まあ、許していただければ・・・と思います(^^;

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2012年3月 7日 (水)

毎日が修学旅行\(^。^)/

こんばんは。

 

卒業式が終わって、あっという間に一週間が過ぎました。

 

卒業式から数日間は、何だかぜんぜん実感がわかず、いつでも連絡は取れるし、気持ちはつながってる気がするし、もしかしたらこのままずっと寂しさを感じないまま行けるかな??

 

・・・みたいなことを思っていたんですが・・・どうも、そんな甘くないようです(^^;

 

ふと、2年前に行った修学旅行のことを思い出したんですが、あらためて考えると、「修学旅行」という非日常的な時間というのは、普段の学校生活でついてまわる制限というか縛りを緩めて、もっともっと自由に・・・生徒のみんなと楽しんだり、触れ合ったりできる時間だった・・・そんな感じがします。

 

それゆえ、「修学旅行」という時間は、生徒にとってもそうだと思うんですが、自分にとってもものすごく刺激的で、ものすごく楽しい・・・そんな時間になっていたと思うわけです。

 
 

しかし・・・しかし、です。

 

ぼくにとっては、ついこの前までのクラスの人たちとの学校での毎日の時間は・・・まさに修学旅行の中にいるような、そんな時間だったなぁ・・・とあらためて気が付いたんです。。。

  

なぜかはよくわかりませんが、居心地がよくて、いつも誰かが笑っていて、寝てる人もいて、気も遣わなくて、イタズラしてる人もいて、でもみんなが楽しそうで・・・

 

うううう・・・だめだ・・・これを書いてたら、また感傷的になってきてしまった・・・(;_;)

 

まあ、ともかく、毎日が修学旅行のようだったなぁ・・・と、あらためて思ったわけです。

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2012年3月 1日 (木)

実感のわかない卒業式

こんばんは。ちょっとご無沙汰しています。
 
 
今日は、ぼくが勤務する高校の卒業式でした。ぼくは3年生の担任をしていますので、必然的に、自分が持っているクラスの人たちは、今日を境に学校を旅立っていった・・・わけなんですが・・・(^^;
 
 

正直、どういう訳なのかわかりませんが、卒業式前日も全然実感がわかず、今日、卒業式が始まる直前もいつもと同じように生徒とバカっ話をし、卒業式の最中も、卒業式が終わってからもなぜか実感がわきませんでした。
 
  
卒業式の後のLHRで、生徒一人一人に卒業証書を渡していても、さらにはLHRが終わってからも、なぜか、クラスの人たちと「別れる」という感覚がわいてこなかったのでした。
 
 
これまで自分が卒業生を送り出した時、多くの場合は「何かをやり切った感じ」や「ひと仕事終えた感じ」がわいてきて、感極まってしまう・・・ということが多かったような気がしますが、なぜか今回の卒業式ではそういう感覚がわいてきませんでした。
   
 
ふと思ったんですが、これはもしかすると、今年の卒業生に対しては、これまでにないくらい「自然な自分」を出して接することが許されていたためかもしれない・・・という気がしました。
 
 
たぶん、ぼく自身の性格に起因することだと思いますが、ぼく自身は誰かを責めたり、自分が責められたりすることが、すごく苦手です。
 
 
でも、だからと言って、表面的なところだけを話題にするようなお為ごかしの会話も楽しく有りません。
 
 
言うまでもなく、何もしゃべらず、自分の殻に閉じこもってしまうのもイヤです。
 
 
そうすると、結果的に、いわゆる「遊ぶ」関係というのが、個人的には一番好きな気がするんですが・・・それが実現できたのが、今回の卒業生の人たちだったという気がするわけです。
 
 
責める必要もなく、責められもせず、でもどこかでしっかりつながっている気がする・・・自分自身、まったくムリをせず、自然体で毎日接することができた人たち・・・
 
 
そんな理由から、正直、今のクラスが消えてしまうということが信じられない・・・信じたくないということなのかもしれません。そのくらい、自分にとっては、居心地の良い、安心できる場所だった気がします。
 
 
もしかすると、こんな体験は、後にも先にももうないかもしれません。
 
 
これから先、もしかすると、何かのきっかけで、現実(生徒が卒業してしまったということ・・・もう、あのクラスは存在しないということ)を目の当たりにして、突然ショックを受ける時が来るかもしれません・・・。
 
 
まあ、そうなったら、それはそれでしょうがないと思うんですが・・・でも、ともかく、今は、単にいつもと同じ1日が終わった・・・とだけ考えていたいと思います。


思い返してみると、今日は一度も、クラスの人たちに、「さよなら」という言葉は言えませんでした。「またね」という言葉しか出せませんでした。やっぱり、どこかで何か感じてるんでしょうね(^_^;)

 
 
・・・という、記事を書いていたら、卒業生の人たちから電話がかかってきました。これからお好み焼き屋さんに集合(もちろん、ノンアルコールですが)するそうです。そのお誘いの電話でした。
 
 
まあ、そういうわけですので、今日の記事は、この辺で(^^)/~~

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2012年1月 3日 (火)

あけましておめでとうございます・・・

だいぶ更新が滞っていましたが、年も変わりましたので、ちょっと出てきました(^^;

 

えーと・・・それで、ちょっと、自分でもどうしてなのか理由はわからないんですが、最近、なぜかよく思い出すことがあります。

 

以前・・・たしか5~6年前くらいにNHKで放送されていた番組で「真剣10代しゃべり場」という番組がありました。

もしかすると、このブログでも1度書いたことがあったかもしれませんが、一人の高校生の女の子が、「もしかしたら自分は、自分でも気が付いていないところで人を傷つけているのではないか・・・そうだとしたら、怖くて仕方がない・・・だから自分は誰に対しても心を開けない」・・・というようなことを話題に出していた回があったんです。(・・・と書いていて、その記事のことを思い出しました。書いたことがありました(^^;)

 

その番組は、10代の人たち(たしか10名くらい)と、大人の人1名(この回では精神科医の香山リカさんが出演していました)で、一緒にそのことについて考えていく・・・というものでした。

 

それで、その回、その女の子の話を聞いていくと、彼女は過去にある人をものすごく傷つけてしまった体験があるということでした。ただ、彼女自身は決してそうしたくてしたのではなく、自分でも気づいていないところで自分が傷つく体験を重ねていて、その結果、相手を傷つけてしまった・・・という話でした。

 

たしか、そのことによって、相手の人は、自殺未遂だったか入院だったかをすることになってしまった・・・ということだった気がしますが、そんな体験があって、彼女は、「自分が誰かを傷つける」ということをものすごく恐れて、それで、誰に対しても安心して接することができなくなっていたんです。

 

そのあたりの話が出てきたあたりで、もう番組の放送時間は残りわずかになっていました。そこで香山リカさんが、

 

「結局、辛い体験と言うのは消すことはできないの。だから、できることというのは、その後で良い体験を重ねていくしかできないと考えられているの」

みたいなことを言ったように記憶しているんですが・・・その発言を聞きながら、正直、

 

「なんで、そんな、救いの無いような、身も蓋もないようなことを言うんだよー!!!」

 

・・・みたいなことを思っていた記憶があります(^^;

 

でも、なぜか、最近、そのこと・・・というか、香山リカさんが言った言葉を思い出す・・・というか、誰かと話している時に、香山さんが話したことを「そう言えばどこかで・・・ということを聞いたことがありますねー」みたいにして言っていることが多いかなぁ・・・という気がしたのでした。

 

考えてみると、「たぶん、大丈夫!!!」みたいに簡単に励ますのはウソっぽい感じがして、でも、何か前に進んでいくイメージを伝えたいときに・・・なんでしょうね?ギリギリの「祈り」みたいな気持ちでそんなふうに言ってしまっているような気がします。

 

・・・ということを、さっき、洗濯物を干しながら(笑)思いついたので、書いてみました。

 

今年もよろしくお願いします。

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2011年8月11日 (木)

Macintosh ClassicII 冷蔵庫

こんにちは。

 
突然ですが、だるまさんの形のMacに強い憧れを持っていた方は、まだまだたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

かく言う自分もそうだったんですが、ぼく自身は一体型Macは一度も所持したことが無いまま、いつの間にかMacは進化しながら姿を変えていったのでした。

しかし、それでもなお、当時のMacに対する強い憧れや懐かしさを感じている方はたくさんいらっしゃるらしく、たしか1年ほど前、iPadが発売されて間もなくのころだったと思いますが、iPadを一体型Macのモニター代わりに内蔵して使ってみたという記事がネット上で話題になったことがありました。

 
ぼく自身もその記事を読み、自分も作ってみようと思ってジャンク品のMacを購入したりしたのですが、そのときには、そのままになっていたのでした。
 

しかし、それから1年。ふと思い立って、実行に移してみました。
 
 
工作の途中経過は省きますが、実際に内蔵させてみると、iPadの画面の大きさは、一体型Macのモニター部の大きさに合う(ちょっと周辺部分が隠れてしまいますが)ようです。


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また、Displaylinkというアプリを入れて、これまで使っていたvaioのサブモニタとして使うことにしました(^^)
 
 
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ちなみに、バイオの画面が1600×768、iPadの解像度が1024×768で縦の解像度が一緒なので、リモートデスクトップが2画面連続で使えることが判明(RDPの7.0から)。


さらに、Macの中にはiPadしか入っておらず、中がすかすかだったので、小型の保冷庫をいれてみました。

1313049109830.jpg

こんな感じ。
 
 
Macを開いてお茶を取り出すとか、ちょっと変な感じですが。個人的には楽しいです(笑)

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2011年7月13日 (水)

「最近」楽しい理由

こんにちは。

二つ前の記事で「最近」楽しくなってきた・・・と書きましたが、その理由が何となくわかってきたので書くことにしました。

 

・・・と言っても、考えて見ればものすごーく当たり前な話なんですが、簡単に言うと、

「うれしいこと」の数・・・H(Happinessの頭文字)
「落ちこむこと」の数・・・D(Depressionの頭文字)

とすると、

H-D > 0

となったからだと思います。

ここで「うれしいこと」と言うのは、例えば、誰かとゆっくり話しができたとか、卒業生の人から今度遊びましょうというメールをもらったとか、生徒が職員室に遊びに来てくれたとか、予想外に授業がちゃんとできたとか(笑)・・・まあ、そんなことが重なったことが原因のような気がします。(ということは、ぼくにとっての「落ち込むこと」というのは、これらの裏返しを考えればよいことになりますね・・・誰かとゆっくり話ができない、卒業生からの音沙汰がない、生徒が遊んでくれない、授業がちゃんとできない・・・などなど)

 

 

さて、今、この記事を書いていてふと思ったんですが、「うれしいこと」の数が増えてきて、自分の気持ちが落ち着いてくる・・・というか、いろいろなことに対して安心できるようになってくると、それまで気にかけていなかったような小さな出来事の中にも「うれしいこと」を見つけられるようになってくる気がしました。

 

二つ前の記事でも書きましたが、休み時間とか放課後に、生徒とちょっとした会話をするだけでも、すごくうれしい気がしてくる・・・というあたりが、そのことです。

 

これは、逆のことも成り立っていて、嬉しくない・・・凹むことが続くと、いろいろなことに対して疑心暗鬼になって、それまで気にしなかったようなことまで心配になったり、猜疑心を持って人の行動を見てしまったり・・・ということがあるような気がします。

 

・・・このように考えてくると、前述の「うれしいこと」の数Hというのは、それまでのHの積み重ねがあるほど、より多くなっていくことになります。ということは、ある時刻tにおける(単位時間あたりの)うれしいことの数Hは、過去のある時刻からその時刻までのHとDの量の合計を変数に含むのが妥当だと考えると、

 

(1) H(t)=f{ ∫(H-D)dt }

 

・・・と考えたんですが、考えてみればHとDの量の合計が影響を及ぼすのはHだけではなくDにも影響を及ぼすはずですから、(H-D)を y であらわすことにして、(1)式は、

 

(2) y(t)=f( ∫ydt )

 

と書く方が適当だと考えられます。

 

その上で、もし、それまでの嬉しいことの量が多い( ∫ydt が大きい)ほど、いろいろなことに対して嬉しく感じるようになる( yが大きくなる)・・・ということが成り立つのであれば、一番単純な関係(比例関係)と仮定して、

 

(2’) y(t)=k ・ ∫ydt

 

と書くことができます(ここでkは比例定数)が、(2’)は高校の数Ⅲの範囲で解くことができて、

 

(3) y=C ・ e^(kt)

 

という解になります。k>1 のとき、yは指数関数的に増大する関数なので、C>0、すなわち嬉しいことのほうが多くなると、何から何まで嬉しくなっていき、逆に、C<0、すなわち嬉しくないことの方が多くなると、何から何まで嬉しくなくなっていく・・・ということが示されています。

 

さて、ここまでの議論は、あまりにも単純化しすぎたモデルであるため、一旦ハッピーになると際限なくハッピーになり、逆に、一度凹むとどこまでも落ち込んでしまう・・・ということになっていますが、実際にはそんなことはありませんね。

 

ハッピーだと思っていたのに突然凹むことがあったり、逆に、落ち込んでいたときにそこから抜け出せるような嬉しいことがあったり・・・

 

次回は、そのような外的事象を含めた考察をしてみたいと思います。

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2011年7月12日 (火)

表には出ていませんが

こんばんは。 たしか3年くらい前から、ココログはケータイでも見れるようになり、その後、いつからだったか忘れましたが、ケータイからのアクセスもログを取れるようになりました。

 

そうして今日、ケータイからのアクセスが、キリ番(2万アクセス)となりましたのでお知らせします(*^_^*)

Img_0321  

(ちなみにiPhoneなのにNTTdocomoなのはなぜかというツッコミは無しで(^^;)

 

 

さて、日頃から、読んでくださっているみなさま、どうもありがとうございます。これからも当ブログをよろしくお願いいたします(( _ _ ))

 

 

なお、キリ番をとった方には、後ほど豪華賞品(豪華学習用ノート等)を差し上げたいと思います(笑)

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2011年7月 9日 (土)

「実験」という名目のわがままか?

こんにちは。

 

さて・・・最近、なぜか、学校が楽しいです(^_^;

 

・・・というか授業は相変わらず緊張するんですが(笑)、生徒の人たちと絡んだり(=話したり)する時間が、なぜかほっとします。

 

今、現在、クラスの人たちと面談を実施したりしていますが、まあ、そういうときもそうなんですけれども、それ以外の休み時間とか放課後のちょっとした時間に、ちょっとした会話をするのも楽しいし、LHRのときに、生徒が教室の中でだらだらしているのを見ていると、ものすごーく幸せな気分になります(ほんとうは、現在クラスの人たちは、みんな進路選択で悩んでいるので、ぼくだけがほのぼのしているのは申し訳ない気もするんですが(^_^;)

 

この感じは、ちょうど、あったかーいお風呂に入っているときのような(夏場にこの表現を使うと、ありがたみが半減しそうですが・・・笑)そんな感じです。

 

以前、このブログに書いたことがあったかどうか覚えていないんですが、ぼくは教員としての毎日を、「生徒やほかの先生を対象とした実験」と思っているところがあります。

どういうことかというと、危険性の低いことで言うと、ある単元の授業をAという方法で説明したときとBという方法で説明したときと、どちらのほうが生徒が理解してくれるか・・・を2つのクラスで行ってデータを取る・・・とか。

 

もうちょっと危険性の高いレベルでは、問題行動スレスレの生徒に対して、その行動を注意する態度と、それ以外の行動に感心を示す態度のどちらの方が意味があるかを調べたり・・・とか。

 

本来、心理学などで実験を計画する場合は、実験群(操作を行ったグループ)と対照群(操作を行わないグループ)の2グループを作って、それらの間で比較を行う・・・ということをするんでしょうが、現実には同時期に2つのグループを設定することが難しかったりすることもあって、結果的には、「ともかく、いろいろやってみて、その結果を見る」ということになっている気がします。

その結果、ちょっと羽目をはずしすぎたこともありました(授業中に××したり・・・とか。まあ、それは過ぎたことなので良しとしましょう(^_^;)。

えーと、ともかく、そんなふうにしている中で、いつのまにか、生徒の人たちと接しているときが、ぼく自身にとって、一番、ムリをしないでいられる時間になってきて、そのために、楽しくなってきたのかな・・・?と思ったわけです。

・・・うーん・・・でも、それだと「最近」というところが、説明つかないかな?(^_^;

まぁ、楽しいんだから、いっかー(笑)

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