『雪女』
こんばんは、10月です(^^)
TBS系で放送されている「まんが日本昔ばなし」・・・今夜のお話は『雪女』でした。
たぶん、このお話を知らない方は(ほとんど)いらっしゃらないと思うんですが・・・
* * * * * * * * *
・・・男は、あるとき吹雪の中で、「雪女」に会ってしまいます。
男は必死に、自分を助けてくれるように雪女に頼みます。すると、雪女は「今夜のことを誰にも話さない」という条件で、男を助けてくれたのでした。
一年後のある晩、男の家に一人の女がやってきます。夜も遅かったので、男はその女を一晩泊めてやるのですが、そのことがきっかけで男と女は夫婦となりました。
それから何年かたった、ある雪の晩、男は嫁に言いました。
「実はな、こんな雪の晩、俺は雪女に会ったことがあってな・・・。その雪女というのが、お前にそっくりだった・・・」
そのことを言ったとたん、女はとつぜん、悲しそうな表情になり、
「とうとうしゃべってしまったのね・・・。あれほど約束していたのに・・・」
そう言ったかと思うと、雪女は、もう人間でいることはかなわず、雪女の姿に戻り、
「どうしてしゃべってしまったの・・・私は、ずっとこうして暮らしていたかったのに・・・」
と言い残して、女は吹雪の中に消えていきました・・・。
* * * * * * * * *
というお話でした。
さて、この話を聞いて(見ていて)、男が女に「昔、雪女と会った」という話をしようとしたのは、男が、女に対して「秘密」を持っていたくない・・・もっと、女と一体感を持ちたい・・・という気持ちの現れであるかのように思われました。
つまり、秘密を持っている限りは、その人と自分との間には絶対に越えられない壁がある。もっと一体になるためには、その秘密をも打ち明けて、共有しなければならない・・・
・・・そんな気持ちが、男の中にはあったような気がしました。
そんなふうに考えると、(雪)女が、男に向かって言った言葉、
「今夜のことは誰にも話さないで・・・」
という言葉は・・・実は、自分と男だけで共有する、他の誰にも知られない「秘密」を持ちましょう・・・という提案だったようにも聞こえます。
つまり、「共通の」秘密を持つことで、自分(=雪女)との間に「一体感」を持っていられる・・・そういうしかけになっているような気がしました。
そうだとすると、男と結婚した(雪)女にとって、
(1)男が秘密を話さない→雪女である自分と秘密を共有しているが、妻である自分とは壁がある
(2)男が秘密を話してしまう→妻である自分とは壁がなくなるが、雪女である自分との共有の秘密は破られてしまう
という二重構造が作られていたとも考えられます。
勝手に妄想をふくらませると、雪女は、最初の提案をしたときから、このような二重構造に陥ってしまうことは予想できたのではないか・・・いつの日か、幸せな日々が幻となってしまうこともわかっていたのではないか・・・とそんな気すらしてしまいます。
そもそも「雪女」である自分と、「人間」である男が、夫婦となって幸せになると言うことは、所詮、叶わぬ願いである・・・ということをどこかわかっていて、敢えてあのような、自分と男との間に2重構造ができてしまうような約束を男にさせたのかも・・・と、そんな気もしました。
逆に言うと、本来叶うはずのない願いを実現させるための一つの「賭け」として、男と自分とがある一定の距離よりも近づいてしまわないような規則?ルールを自分に課した・・・というようにも見えるかなぁ・・・などと思いました。
女と夫婦になってからも男は、「雪女」との約束を優先してきた・・・それが、その晩、とうとう、雪女との約束よりも、今、目の前にいる「人間」としての(雪)女との関係の方が優先されてしまった・・・この瞬間、二人はもう一緒に暮らしていくことはできなくなってしまった・・・と言うことだったのかもしれません。
・・・と、ここまで書いてきて、別に、意図したわけではないんですが、昨日の記事で書いた映画「ジョー・ブラックをよろしく」の中での、死に神の立場というのは、この「雪女」とどこか通じるものがある・・・そんな気もしました。
| 固定リンク




コメント
「二重構造」かぁ…考えたこともなかったけど、言われてみると本当、そうですね!すごく面白いと思いました。と同時に、何だか切ないですね。そうするしか、一緒にいる方法はなかったのかな…。
“「秘密」を守る、保つ”ということも、私の中で興味あるテーマの一つです。書き始めると一つの記事が出来てしまいそうなので、今日はこの辺にしておきますが(笑)。
投稿: turtle | 2006年1月19日 (木) 10:03
こんにちは
大変興味深く拝読しました。10月さんの書かれた内容とはいまいちかみ合わないのかもしれませんが、思いついたことを書き込みたくなりました。
秘密を守るということは、契約に従い続けるということですね。契約に従い続けるということは、構造を保ちつづけることでしょう。構造の中で生きていた関係が、構造が壊れることによって、失われてしまうという物語ですね。
構造の中でしか生きられない関係に、はかなさや哀しさを感じます。日本の物語って、こういう雰囲気のお話が多いような記がしますね。
外国のお話は、登場人物が自分たちを主体に動き、構造すら破壊しながら物語が展開していくようなお話が多いような気がします。
投稿: ichiro_h | 2006年1月19日 (木) 10:06
雪女の話、知りませんでした(笑)。でも似てる話は
沢山あるから、「ああ〜、最後はさよならのヤツか・・・」って。
本当にこういう物語、日本では多いですよね。
なんでもないは日常で、自分をしっかり持ちたいなって
思う時にはどーでもいいような秘密を
わざと持ったりします(^^;)。気分の問題?
男女の関係では、秘密を保持し続けることは
意外に難しいな〜なんて、10月さんの文章を
読んでいて自分を振り返りつつ思いました。
投稿: なんでもない | 2006年1月19日 (木) 17:55
話は変わりますが、雪女が現実の出来事だと
仮定すると雪女は自分の内的なイメージ(幻覚)なので
男は現実の妻(例え本当は雪女だっても)に
内的なイメージを語ることは相当キケンですよね。
(キケン:奥さんが「うちの亭主はちょっと頭が・・・」って
思われちゃったりすること)
でも愛する妻が、自分が以前見た幻とうり二つであるなら、
キケンを犯してでも話したくなる・・・。
なんでもないもこの男の立場に立ったら、話したくなります。
で、女に秘密を告白しても女が去らずにいるストーリーに
なるか空想してみました(笑)。
投稿: なんでもない | 2006年1月19日 (木) 17:56
夫婦が年老いてから男が
「実はわしゃ、若い頃のお前さんにそっくりな
雪女に会ったことがあるんじゃよ」
とか打ち明けたら、おばあさんになった雪女が
「そりゃ、若い頃の私じゃよ」
なんて言って、ほのぼのお茶をすすりながら笑いあったりして。
・・・どーでもいい空想ですね。
10月さんの『二重構造』は面白い☆
投稿: なんでもない | 2006年1月19日 (木) 17:57
10月さん、こんばんは~
そして…「なんでもないさん」はじめまして。おじいさんとおばあさんの話、いいですね、ズズーッとすする音まで聞こえてきそうでした。
ゴクリと飲み干す音も・・・(^^♪
私の中での雪女は、「切なさそのもの」というイメージです。悪い結果も予測し得る「矛盾」の中に身を置いてしまうあたりで、そう感じてしまいます。おまけに、決定権は「男」の態度次第。
でも、そうせざるを得ない「切ない」想い。
子供の頃は、「雪女っておばかさん」と思っていました…幼かったんですねぇ…^^; でも本当にそう思ってたんです。
今思うことは…
枠組みや構造自体が「矛盾」を含み得ることや、分かっていても、その中で人が(雪女が)つき動かされるように行動し生きることの意味…。
そこに微妙で複雑な「こころや想い」があることを感じています。
ちょっとは大人になってるかも…(*^_^*)自画自賛
投稿: ぼちぼちでんな | 2006年1月19日 (木) 19:47
こんにちは
ぼくには、どうも男が頼りなく思えてきます。
これは、おそらく私自身の課題を重ねてしまっているためですが…。
この男には、この女とこの構造の中で生きていこうという決意が足りないように思えます。この女とここで生きていくためには、もっとタフにならないといけないと思います。素朴でいい人かもしれませんが…。
この男は、あまりにも、言葉をシンプルに使いすぎています。言葉は、明示しなくても、言外に意味を含ませることができます。
雪女の目を見ながら、「俺にはすごく大切な記憶があるんだよ。それは、言葉にできるものではないんだが…。今、お前の顔をみていると、その大切な記憶がよみがえってくるような気がするよ。でも、俺は、その記憶よりも、お前と出会えたことが、本当にありがたいと思っているんだ…。」とか言ってみるのはどうでしょう。目を見ながら言えば、お互いに通じ合う何かがあるのかもしれません。
このように、言葉を使うことによって、今までの構造は、実質的に力を失ってしまいます。それは、構造が破られるからではなく、その外側に、今までの構造を包含するより強力な構造が作られるからですね。
でも、何かを口に出そうとすること自体が、ある種の逃げかもしれません。もっとタフな男は、何も言わずその場所で女を受け止め続けるのでしょう、きっと。
でも、この男は、こういうふうには、言葉を使わないでしょうね。そういう素朴さ実直さに雪女は惚れたのかもしれません。
なんか、的はずれとか、突っ走りすぎのような気もしますが、書いてみたくなりました。
投稿: ichiro_h | 2006年1月19日 (木) 20:34
>turtleさん
コメントありがとうございます(^^)
ぼくも(は?)、「雪女」という物語は、ずっと「怖いお話」というようにしか考えていなかったんですが、今回、雪女の悲しさ・哀しさが、すごく感じられるような気がしました。
>“「秘密」を守る、保つ”ということも、私の中で興味ある
>テーマの一つです
いつか、記事になるのを楽しみにしています(^^)
投稿: 10月 | 2006年1月19日 (木) 21:45
>ichiro_hさん
>秘密を守るということは、契約に従い続けるということですね
なるほど、確かに「男」の側からしてみれば、秘密を守るのは「雪女との一体感」ではなく、「自分が助かるために交わした契約」でしたね。たしかに・・・。
男が秘密を打ち明けたとき、それは、契約を破った・・・構造を打ち破った瞬間だったとも思えますね。
>この男には、この女とこの構造の中で生きていこうという決
>意が足りないように思えます。この女とここで生きていくた
>めには、もっとタフにならないといけないと思います。素朴
>でいい人かもしれませんが…。
>この男は、あまりにも、言葉をシンプルに使いすぎていま
>す。言葉は、明示しなくても、言外に意味を含ませることが
>できます。
このあたりの「強さ」は、まさに「ジョー・ブラックをよろしく」でのジョー(死に神)と、恋人の女性との間で体現されているような気がしました。
たぶん、映画を見て、ものすごく気持ちが動かされ、でも、それがすごく心地良いのは・・・非常に大きな葛藤を抱えつつも、それを統合して表現していく、その素晴らしさゆえ・・・という気がしました。
この映画を見ていると、ものすごい「意志の力」というか、ichiro_hさんの言うところの「タフさ」が感じられて、逆に、自分がいかにその力が弱くヘロヘロか(笑)ということを、痛感します(^^;
投稿: 10月 | 2006年1月19日 (木) 22:04
>なんでもないさん
>自分をしっかり持ちたいなって
>思う時にはどーでもいいような秘密を
>わざと持ったりします(^^;)
これ、面白いですね。秘密を持つことで、相手との距離を取る・・・ということができる、という感じなんでしょうかね。
>「実はわしゃ、若い頃のお前さんにそっくりな
>雪女に会ったことがあるんじゃよ」
>とか打ち明けたら、おばあさんになった雪女が
>「そりゃ、若い頃の私じゃよ」
>なんて言って、ほのぼのお茶をすすりながら笑いあったりし
>て。
これは、ハッピーエンドのパターンですね。でも、ぼくが雪女なら、
「今ごろになって、そんなこと言うのは、ありえませんよ、おじいさん。この年になって、うちを出て行くしかないなんて、これから私にどうしろって言うんですか。若いうちなら、第二の人生もあったかもしれませんけど・・・責任とってもらいますからね」
とか、恨みたらたらで、雪おばあさんは家を出て行ったのでした・・・(苦笑)
投稿: 10月 | 2006年1月19日 (木) 22:18
>ぼちぼちでんなさん
>私の中での雪女は、「切なさそのもの」というイメージで
>す。悪い結果も予測し得る「矛盾」の中に身を置いてしまう
>あたりで、そう感じてしまいます。おまけに、決定権は
>「男」の態度次第。
>でも、そうせざるを得ない「切ない」想い。
すごいですね。ぼくは、この前テレビを見ていて、初めて(笑)気づいたんですが、ぼちぼちでんなさんは、ずっと前から、感じていらしたんですね。
>枠組みや構造自体が「矛盾」を含み得ることや、分かってい
>ても、その中で人が(雪女が)つき動かされるように行動し
>生きることの意味…。
>そこに微妙で複雑な「こころや想い」があることを感じてい
>ます。
ほとんど、全文引用ですが(笑)本当に、そう思います。
この、不自由な構造・枠組みを敢えて自分に課して、その中で何か意味が生じる・・・。
こんなところにも、引かれるものを感じてしまいますね。
投稿: 10月 | 2006年1月19日 (木) 22:23
ぼちぼちでんなさん
こんにちは。はじめまして〜(^^)
そーですね、お茶を『ずずずっーっ』とすする音が・・・
と思ったら、怒って出て行ってしまう雪女おばあちゃんも
いるんですね(笑)。10月さんの
>若いうちなら、第二の人生もあったかもしれませんけど・・・
思わず笑っちゃいました。
そうですよね、若いうちならやり直しはきくのに・・・ですね。
投稿: なんでもない | 2006年1月20日 (金) 15:28
>なんでもないさん
えーっと、ぼくの妄想の世界では・・・雪女であることをしゃべられてしまったら、一緒に暮らすわけにはいかない・・・というのは、「雪女組合」が定めた取り決めなんです。そして、これを破ると、溶かされて、水になってしまうことになっているんです(笑)
・・・と書いていて、実際に、そういう内容の昔話があったような気が、ふとしました。
投稿: 10月 | 2006年1月21日 (土) 00:06
「秘密を保つ」こと、そして「秘密を保てなくなって、解放(←他にもっと、適切な言い方があると思いますが)する」こと…そんなことを考えていて、ふと、10月さんの昔の記事「王様の耳はロバの耳」を思い出しました。
何か、うまくいえませんけど、この「雪女」の話と、何かがつながってないですか?私の中で今は説明できないんですけど、「つながっているような感覚になった」ということだけ、取り急ぎ、お伝えしたくなって。
「甘え下手」の私としては、「昨日の続き…」に10月さんが書かれていたことも気になりつつ…また今度(^_^)/~
投稿: turtle | 2006年1月25日 (水) 13:22
>turtleさん
ありがとうございます。たしかに「秘密を保つ・漏らす」ということと「王様の耳はロバの耳」・・・通じるものがあるような気がします。
ぼく自身も、実は、まだうまく説明できません(笑)
ただ、そんなふうに、昔の記事を「大切に」読んでくれているんだなー、と思い、すごくうれしいなぁ・・・と感じました(^^)
投稿: 10月 | 2006年1月25日 (水) 23:22
10月さんもうまく説明できないなら、良かった(?)です(^^)
この記事はカテゴリーにもされてたので、10月さんにとって、何か特別な記事のような感じがして…。
また、何か思ったら、忘れた頃にコメントさせていただきまーす。
風邪、お大事に…(^^)/~~~
投稿: turtle | 2006年1月25日 (水) 23:33
昨夜5歳の息子に「雪女のお話しして」と言われて
どんなお話しだったか調べようとしてこのHPに
辿り着きました。いつもお話しの後にわかりやすく解説
してあげているのですが・・幼稚園児にどう説明してよいのやら
困り果ててしまいました。
投稿: nobody | 2006年1月26日 (木) 18:12
>turtleさん
いま、「雪女」の物語と、「王様の耳はロバの耳」のお話とをちらりと考えてみて、思ったのは、
「ぼくは、なるべく秘密を持ちたくない」
というような気持ちが、自分の中にあるなー、ということでした。
雪女の話にしても、王様の耳の話しにしても、秘密が「漏れる」ところから、物語の展開が始まるような気がします。
手放しで、それを「良し」とはできないとは思うんですが、でもやっぱり、何か、そこに潜んでいる「変化の可能性」のようなものに、魅力を感じてしまう気がします(^^;
(もっとも、しばらくしたら、言うことがガラリと変わってしまうかも知れませんが(笑))
投稿: 10月 | 2006年1月26日 (木) 21:03
nobadyさん、こんばんは(^^)コメントありがとうございます。
>いつもお話しの後にわかりやすく解説
>してあげているのですが・・幼稚園児にどう説明してよいのや
>ら困り果ててしまいました。
いろいろなお話をしてもらって、いろいろな気持ちを感じて・・・なんだか、息子さんの「幸せな時間」みたいなものが目に浮かぶ気がしました(^^;
どう解説するのがよいのかは、ぼくもわかりませんが、ちょっと、息子さんがうらやましい気がしました(^^)
投稿: 10月 | 2006年1月26日 (木) 21:12
しつこく(?)やってまいりました(^_^)
自分の中で、「“秘密”について考えたくなったら、10月さんの所に行こう」とか、「“罪”について考えたくなったら、pさんの所に行こう」とか、そういう落ち着きどころがあることで、すごく安心するんですよ…。
本筋からそれてしまったら大変申し訳ないのですが…よろしくお願いします。
それで、今日思い出したことなんですけど。
以前、カウンセリングの講義で、「クライエントさんとのことは、スーパーバイザー以外の人には絶対話してはいけない」と言われました。それは、(倫理という観点はもちろんですが)「他の人に話すと、クライエントさんと2人で保っていたことが崩れるから」というような理由からでした。非常に印象的な話でした。
自分1人で保っていたことを、人に打ち明けたことで、形が変わる。これは、「2人で保つ」という状態になるからかなあ…とか、今ふっと思いました。
まだまだまとまらないんですが…また聞いて下さーい(^^)
(お大事に…)
投稿: turtle | 2006年1月28日 (土) 10:53
>turtleさん
なるほど、「秘密」については、うちのブログ・・・「罪」についてはpさんのところ・・・と。
もしかすると、ただ単に、最近、記事の中でテーマになっていたからということかもしれませんが、これは、もしかすると、なかなか、スバラシイ指摘?感覚のような気がします。
あまり、突っ込んで書くと、崩壊しそうなので(笑)適当にぼかしながら書くと、ぼくがいつもこだわってしまうのは、自分と人との「境界」・・・それをどういう文法で扱っていくか、というところのような気がします。
pさんのところでは、かぼちゃくんと遊ぶ記事しか、ちゃんと読んでいるという自信がないので(^^;何とも言えないんですが・・・(笑)
さて、一人で保つか二人で保つか、というお話、面白く読ませていただきました。
ふと思ったのは、カウンセラーは、スーパーバイザーにのみ、ケースの話しをしてもよいのだとして、でも、やっぱり、話すことによってカウンセラーの中での変化はあるような気がします。
その変化は、いったい、クライエント(との関係)にとって、どのような影響を及ぼすのか?また、そういう可能性を踏まえた上で、スーパーバイザーは、どういうスタンスで、カウンセラー(バイジー)の話を聞いていかなければならないのか?・・・なんてことを思いました(^^;
投稿: 10月 | 2006年1月28日 (土) 18:24
なるほど…と思い、しばらく考えていたのですが(笑)。
確かに、スーパーバイザーの先生に話すと、はっきり言ってカウンセラーの中で大なり小なり変化があると思います。ただそれは、あくまでもクライエントさんのことがより深くわかり、2者関係を「保つ」ためのものである…そう思うと、スーパーバイザーに話すのは「漏らす」こととは違い、「守る・保つ」ことにつながる…。
まだまだまとまらないのですが、そう考えるととても興味深かったです。
できれば、「お勧めの記事」のところに、しばらく「雪女」の記事を残しておいていただけると、すぐにコメントにいけるのでありがたいです(^。^)
…と書いて、思うことがあったので、「猫村さん」のコメント欄に続きを書きたいと思います。
投稿: turtle | 2006年1月28日 (土) 19:40
>turtleさん
>あくまでもクライエントさんのことがより深くわかり、2者
>関係を「保つ」ためのものである…そう思うと、スーパーバ
>イザーに話すのは「漏らす」こととは違い、「守る・保つ」
>ことにつながる…。
ぼく自身、(継続するケースの)SVは受けたことがないので、もしかすると、ずれているのかもしれませんが・・・
スーパーバイザーに話すことの中には、「漏らす」ことになっているものも含まれているような気がします。
ただ、この「漏らす」という行為が持つ役割・意味には2つある気がしたんですが、1つは、その行為自体が、バイジーの状態を変化させて、まさに「カタルシス」的効果によって、逆にクライエントを受けいれて行けるようになる可能性が生じることがある気がします。
ただ、こちらは、その場しのぎ的な・・・バイジーの側の「保つ」力を強めるような働きをしてはいない気がします。
そこで、バイザーが「漏らした」内容を取り上げて、バイジーが、その問題を「漏らす」ことをせざるを得なくなった背景を検討していくことが、もう一つの役割・意味なのではないかな?という気がしました。
おそらく、バイジーの側でも、自分が「漏らしている」内容には、何か自分自身の持つ問題が絡んでいるであろうことはわかっているでしょうから、2つめのような作業がなされることは、一応は、バイザー・バイジーの共通の目標にはなっているのだとは思いますが・・・でも、自分の問題については・・・突然、目が閉じてしまったりするんですよねー(笑)
投稿: 10月 | 2006年1月29日 (日) 10:15