さて、今日は、
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こんばんは。
昨日は、何か記事を書いてみようかな~・・・と思っていたところに、ちょっと込み入った事情のメールが来て、そのやり取りをしているうちに、良い子は寝る時間になってしまったため、更新できませんでした(^^;
それで今日ですが・・・さて、何か書こうと今日の出来事を思い起こしてみたり、自分の中を覗いてみたりしているうちに、
・・・うーー、このことも記事にしたくないし、あのこともまだ書きたくない・・・
みたいなことを感じている自分に気づいたんです。
突然話が飛びますが、ぼくが、まだ大学生だった頃、河合隼雄著『カウンセリングの実際問題』という本を読んだことがあるんですが、その中で、事例発表をするということはどういうことなのか・・・ということについて書かれていた部分がありました。
そこで書かれていたのは、たしか、カウンセリングが進行中のときには事例発表をするべきではない、ということだったと思います。
というのは、カウンセリングをしているときというのは、カウンセラーとクライエントは内的な世界でたくさんの作業をしている。そのときに、カウンセラーが事例発表をするということは、内的な世界で起こっている動きを殺してしまうことになる。それではうまくいかない・・・
・・・ということだった気がします(^^;
自分が、言葉にしたくないと感じたことと、河合氏がこの著書の中で述べていることとは、重なっているところが大きいような気がする・・・と、ふと思ったのでした。
つまり、何というか、自分の中で感じていることを、まだ言葉にして固定化してしまいたくない・・・言葉にしてしまうのは、何かつまらない・・・という気持ちが、自分の中にあったわけです。
これは・・・ちょうど、ものすごく自分が揺り動かされるような音楽を聞いたり、絵を見たり、映画を見たり・・・した直後に、まだそれを言葉にしたくない、余韻に浸っていたい・・・という気持ちに似ているような気がします。
こう考えてくると、
(1)感じていることを言葉にすることで自分の中の何かを守ること(『ブログを書く意味』参照)
(2)感じていることを言葉にしないことで自分の中の何かを守ること(本日の記事)
という、まったく逆のことが、両方とも自分の中で起こっている・・・ということに気がついたのでした(^^;
まー、しかし、今日のように、「記事が書けない」ということを記事にして良いなら、それこそ何だって記事にできそうな気もしますね(笑)
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こんばんは、10月です。
今、日テレ系で放送中です。
先日、前回の実験くんの再放送をしているのを見て、今日の放送を知ったわけですが・・・
かーなーりー、面白い!!!(笑)
実験そのものも面白いし、嵐と石原軍団のトークも面白いし(笑)
うーーむ・・・この番組は本当に勉強になるなぁ(笑)
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こんばんは、10月です。
昨日、『ぼくらの』という記事で、同タイトルのマンガを読んでいて、ものすごい救いのなさを感じ、具合が悪くなった・・・ということを書きました。
それに対してmooさんが、コメントらんで、
あの救いのなさは、端で見ることしかできないもやもや感とかやりきれなさ感とか、なんだかぐちゃぐちゃに入り混ざった状態になりますが、
と書いてくださいましたが、この中の「やりきれなさ感」という言葉・・・「やりきれない」という言葉のほうが、ぼくが感じていたものを、より的確に表現しているかな?という気がしてきたのでした。
「救いがない」と「やりきれない」・・・似たような感覚で用いる言葉のような気がしますが、でも、微妙に違っているような気もします。
このことを考えていて、ふと、以前観た『トーク・トゥ・ハー』という映画のことを思い出しました。
この映画は、たまたま、さくらもどきさん(以前同僚だった、ときどきこのブログの記事にも登場する人)に誘われて観にいったことがあるんですが・・・こちらも、烈しく、辛くなる映画なんです(^^;
* * * * *
ある男性看護師は、バレエ教室に通う一人の若い女性に恋をします。彼は、彼女と友達になりたいのですが、うまく仲良くなることができないのです。
そんなある日、彼女は交通事故に遭います。そうして彼女は脳に障害を負い、植物状態になってしまうのです。
そのことを知った彼は、志願して、彼女の毎日の世話をすることになります。彼は、まるで目覚めている恋人に接するかのように、眠っている彼女に語りかけ、笑い、彼女の世話をするのでした。
そんな日々が何年も続いたある日、その女性が妊娠していることが明らかになります。当然のように人々は、看護師の男性に疑念を抱きます。
彼は、「自分がやった」とは言いませんでしたが、結局、彼女の担当を外され、強姦罪に問われ、拘置所に入ることになります。
彼の数少ない友人の一人が、面会に行くと、彼はただ、
「彼女と一緒にいたい」
と訴えるのです。
そんなある日、その友人は、昏睡状態にあった女性が、昏睡状態のまま赤ちゃんを出産し、そのショックで目を覚ましたことを知ります。
友人は、弁護士が止めるのも聞かず、彼にその事実を知らせます。
しかし、それを聞いた彼は、直後に自殺してしまうのです。それは、仮に自分が刑期を終えても、再び彼女と過ごすことができないということを、知ってしまっていたからでした。
彼が自殺してしまったというショックを受け止めきれずに過ごしていたある日、その友人は、街中の劇場で、偶然、彼女と出会い、彼女から
「気分が悪そうですけど、大丈夫ですか?」
と声をかけられ、
「どうかな・・・・・・少し楽になりました」
と、答えるのです。
* * * * *
若干、記憶違いの部分もあるかもしれませんが・・・ともかく、この映画も、観終えた後で、かなり、具合がわるくなりました・・・。
まさに、救いがない・・・やりきれない感じ。
その看護師の彼も、友人も、彼女も、みんな、率直に、相手を大切にしようとして生きているのに、不幸なことが起こり、不幸な中に安堵できるものが生じる・・・でも、その安堵は、本当にそれを分け与えたい人には伝えることができない・・・場合によっては、「やさしさ」が人を苦しめることもある・・・
ちょっと、そんなことを考えているうちに、「救いがない」ことと「やりきれない」こととの違いが、ちょっと感じられてきたような気がしました。
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こんばんは、10月です。
・・・今回もまた、「雨にも負けず」で書こうとしたこととは別なお話です(^^;
タイトルの『ぼくらの』というのは、昨日行ったマンガ喫茶で何となく手にとって読んでみたマンガのタイトルです。
何とな~く読み始めたんですが・・・これが、ことごとく救いのないストーリーだったんです。
その物語というのは、簡単に言うと、中学1年生の子どもたちが巨大ロボットに乗って、敵のロボットと戦い、地球を守る・・・というストーリーなんですけれども・・・ただ、敵のロボットと戦った人は、その戦いが終わったとき、必ず命を失うということになっているんです。
死にたくないという理由で、戦いを拒んだ場合・・・その場合は地球そのものが消滅する・・・というルールがあるため、子どもたちには、戦って地球を守ってそのあと命を失うという選択肢しかないわけです。
子どもたちは、次の戦いで自分が命を失うという事実を突き付けられます。
彼らには守りたい家族や、逆に深い恨みを抱いている人など、一人ひとりが、さまざまな事情を抱えて生きています。そしてそれが「死」という運命を突き付けられることによって、否応なしに直面せざるを得なくなるわけです・・・。
読んでいて、すごーく辛いマンガでした(^^;
・・・だったら読まなければ良いと思うかもしれませんが、ところどころ、救いのないストーリーの中に、安堵感を感じるところもあって、思わず読みふけってしまった・・・というわけなんです(^^;
ただ、お店を出る時には・・・ちょっと、具合が悪くなってました(^^;
ちなみに、昨夜は熱も出ました(笑)
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こんばんは、10月です。
今夜は、TBS系で放送されているドラマ『ラブシャッフル』の最終回でした。
ドラマの一場面で、谷原章介演じる「菊りん」が、昔、好きだった恋人(の男性)に傷つけるような言葉をかけて自殺に追い込んでしまったことが話題になる場面がありました。
* * * * *
そのとき、菊りんは、松田翔太演じる「おうちゃん」(彼は、その自殺してしまった元恋人に似ている・・・という設定)に、
「ひとつだけお願いがあるんだけど・・・自分のことを許すと言って欲しいんだ・・・」
と頼みます。彼(きくりん)は、元恋人の気持が女性に移ってしまったと感じ、傷つけるような言葉をかけてしまったというのです。
菊りんは、目に涙をいっぱいにためながら、しぼりだすように言います。
「・・・ひとりになるのが・・・こわかったんだ・・・」
一瞬の沈黙のあと、
「許すも何もないよ・・・あなたを愛していたから」
と、おうちゃんが言います。
すると、その言葉を聞いて、菊りんは、涙をぽろぽろこぼし、声をあげて泣くのでした。
* * * * *
正直なところ、この辺のやりとりについては、実は、あまりしっくりこないものを感じながらテレビを見ていたんですけれども(^^;(この、おうちゃんの言葉で、そんなに号泣するかぁ!?みたいな笑)
ですが、菊りんが涙をこぼしている様子を見ていると、それまで彼が抱えてきた罪の意識の大きさや、それを一人で抱えるしかなかった大変さや、孤独感や、そういういろいろなものが一気に噴き出してきている感じがして、
・・・ああ、良かったなぁ・・・
と、思い、同時に、
・・・そういえば、自分(←ぼく自身のことです)はいつも、どこかでこんなことを切望しているような気がするなぁ・・・
と、思ったんです。
つまり、ぼく自身は、自分がつながりを持っている人で、何かをガマンしている人、大変さを抱えている人が、それを一時でも下ろして楽になってくれたりする場面に出会えたりすると、自分自身もすごくほっとするというか、自分の中の何かがすごく揺さぶられる感じがするわけです。
・・・と、書いていて、これは投影?転移?・・・何ていうんでしょう?(^^; まあ、ともかく、そういったこと以外の何ものでもないような気もするんですが(笑)
えーと、この記事も、「雨にも負けず」というタイトルで書きたいことと、少しつながってるんですが・・・また、今回も、やっぱり、そこまで至りませんでした(^^;
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おはようございます、10月です。
昨日で、今年度の授業も終わりまして、最後の職員会議で新しい人事?が発表になり、来週からは新年度開始に向けて動き出すことになりました。
今年度、一緒に仕事をしてきた先生の中にも、転勤することになった方もいらして、昨夜は、こじんまりと送別会らしきものをしたりしました。
やはり、毎年思いますが、1年のこの時期というのは、さびしい感じとわくわくする感じと不安な感じと・・・そんなものが和音のように自分の中を流れている気がします。
そういう時期に桜が咲いて散っていく・・・というのは、何というか、とてもしっくりくるというか、桜の花によって、なぐさめられたり、勇気づけられたり、ともに喜んでもらえたり・・・と、そんな感覚があります。
と、こんなふうに考えてくると、日本で?年度の切り替えが4月に行われるというのは、うまくできているな~、と変なところで感心してしまったりもします(^^;
タイトルに『雨にも負けず』と書きましたが、最初に書こうとしていたことのほうへ話題が全然移っていかない(^^;・・・いつものことなんですが(笑)
でも、どうも、ぼくの場合、1つ1つの記事が長くなる傾向があるので、『雨にも負けず』については、次の記事に書くことにして、記事を短めにしてみたいと思います(笑)
では、そんなことで(^^)/~~
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こんばんは。
ぼくは、いつも7:30くらいに職場に出勤しています。
たいていは、3~4番目くらいの出勤という感じです。
今朝も、いつもと同じように出勤して、何気なく給湯室を除いたところ・・・いたんです・・・彼が・・・Σ( ̄ロ ̄lll)
彼は、給湯室の壁を、のそのそと這っていたんですが・・・ふと、給湯室のテーブルの上を見ると、
脱皮したばかりの彼の皮が・・・(;д;)
そのままにして、出勤してきてそれを発見した誰かがびっくりするのを観察しても良かったんですが・・・あとで、結局自分が責められそうなので、後ろ髪引かれる思いで、片付けることにしたのでした(^^;
もう少し早い時間に出勤していたら、ちょうど脱いでいるところに出くわしたかもしれないですね・・・それも気持ち悪いかな?(^^;
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こんばんは。
先ほど、旅先より無事帰宅しました(^^)
家に帰って、あらためて見返してみると、旅行の顛末記だけで13記事、出発直前に書いた記事も合わせると、この2日で14もの記事を投稿していました(^^;
もう、最初に書いた記事は、意図的に見ようとしない限り見えなくなってしまっていました(=トップページからは後ろに下がってしまいました)。
ま、内容が内容だけに、それも良いかも(^^;
ではでは。
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「宝石の森」と言うのは、山梨の方で採れる水晶をはじめ、色々な宝石を展示・販売しているところです。
面白かったのは、電気石(圧力をかけたり、温めたりすると電気を発生させる石)を使った、貼付用シートでした。
原理はよくわかりませんが、さて、お昼を食べて、「宝石の森」に来ました。
「宝石の森」と言うのは、山梨の方で採れる水晶をはじめ、色々な宝石を展示・販売しているところです。
面白かったのは、電気石(圧力をかけたり、温めたりすると電気を発生させる石)を使った、貼付用シートでした。
原理はよくわかりませんが、肩こりや筋肉痛のところに貼ると、コリがとれるとのことでした。
個人的には、甚だ効能に疑問を持っているんですが(笑)、後で試してみようと思います(*^_^*)
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おはようございます、10月です。
先日、職場のある方から、
「○○さん(←ぼくです)は知らないかもしれないけど、××さん(←同じ職場の人です)とくっつけようと盛り上がってる人たちがいるよ」
と言われました。
それを教えてくれた方は、盛り上がっている人たちの話を聞いていて、ぼくの意志とかを無視して盛り上がっているのが耐えきれなくなって、教えてくれたのだそうです。
このように、(盛り上がる人たちにも、それに耐えきれなくなる人にも)自分のことを気にとめてもらえることは、大変ありがたいことだな~、と思うのですが、その一方で、こういうことがあると、自分の行動が逐一チェックされているような気もして、何だかすごく不自由な感じもしてしまいます。
考えてみると、こういうパターンはこれまでに何度も起こっていて、たいていは、誰かが自分に好意を持ってくれているのを、周囲の人が先に気づいているのに、自分がさっぱり気づかない・・・というときだった気がします。
そう考えると、自分は、自分が考えているよりは、好意を持ってもらえるのかな?という気もするんですが・・・ま、それはぼくの妄想ということで(^^;
自分が「うわさ話」の登場人物になっているということが耳に入ると、その話をしている人たちと自分が絶対的に異なる次元に飛ばされてしまって、もう一度同じ場所を共有するようになることがすごく難しいんだろうな~・・・と思ってしまいます。距離がずーっと離れるような気がします。
・・・と、書いてきて、ふと、これは「うわさ話」をされたために距離が遠くなったと考えるのは実は話が逆で、もともと距離が遠かったために「うわさ話」に登場させられた、と考えるほうが適切なのかな?という気もしてきました。
さらに、こうしてブログを書いているのも、これはこれで、「うわさ話」と違わないのか!?という気もしてきました(^^;
さて、話は変わりますが、今日は、これから、職場の人たちと一泊二日の旅行です。
上の話に登場した人たちも、含まれています(^^;
外は雨まじりの強風が吹き荒れていて・・・何やら嵐の予感・・・
どのような展開がまっているか・・・(笑)では、行ってきま~す(^^)/~~
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こんばんは、10月です。
先日、授業に出ているクラスの子たちと話していた時のことです。
とーとつに、一人の子から、
「○○先生(←ぼくです)って、いっつもニコニコしてるし、部屋に一人置いておきたい感じだよね~」
と言われました(^^;
それを聞いたぼくは、
・・・絶対に、どこかにワナがあるはず・・・ぬか喜びしてはいけない!!!
・・・と考え(笑)、でも、実は、ものすごーく嬉しかったんですが、ちょっと照れくさかったこともあり、そのうれしさを必死におさえながら、
「それは、どういう感じなのかなぁ・・・?」
と聞いたところ、
「何か、癒されるっていうか~」
と言われたのでした(*^_^*)・・・ぼくは、ちょっと、調子に乗って、
「それは、リラックマみたいなイメージ・・・?」
と聞いたところ、
「うーーん、どっちかっていうと、スライムかな~!!!」
と言われたのです。
ぼくは最初、スライムと言われて、
これのことだと思い、少なからずショックを受けていたんですが、
一人の子が
「あ~、何か、プヨプヨしててかわいいよね~」
というのを聞いて、
???あの、みどり色のハナみたいなのが、可愛い???
・・・と疑問に思い、ネットで調べたところ、キャラの名前であることを初めて知りました(^^;(ふつう、知ってるのかな?笑)
・・・というわけで、どうも、ぼくは、
こんなふうに、見られているようです(^^;
うーーん・・・これは、これで・・・喜ぶべきか、そうでないのか・・・(^^;
それと、ネットでスライムを検索していたら、偶然、こんなのを見つけました。
今の自分の心境では、ワンちゃんに振り回されているスライムが、他人とは思えず、涙をそそられます・・・(笑)
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こんばんは、10月です。
ブログを初めて、もうすこしで4年?になります。
今から思うとブログを始めた当初、ぼくは、ネットの世界と現実の世界との間に、できる限り境界を設けようとしていた気がします。
たとえば、自分が一体誰なのか特定できないように・・・自分の名前はHNに、何という学校で働いているのかは明記せず(教員という職業については最初のころから書いていましたが)、登場人物にも固有名詞は一切書かず・・・
・・・というように気を使っていた気がするわけです。
それは・・・そうするべきだというはっきりとした理由があったわけでもないんですが、ただ、何となく、そうするのが良いような気がしていたためにそうしていたのでした。その頃は、当然、生徒にも自分のブログの存在は一切伝えることもありませんでした。
それが・・・いつのころからか・・・と言っても、ここ1~2年くらいではありますが、ごく稀に、生徒に自分のブログの存在を伝えることがでてきたんです。
とは言っても、今まで、伝えた生徒の人数は・・・たしか、4人か5人くらいだった気がします(・・・ですが、その人たちに「ナイショにしてね」と言ったわけでもないので、その人たちから、もう少し広まっているのかもしれませんが(^^;)
今まで絶対に秘密にしていたもの(このブログ)を、どうして伝えるように(自分が)変化してきたのか・・・自分でも、それについての、はっきりとした理由は見つかっていないんですが、ですが、なかなか興味深い変化のような気がするわけです(^^;
ふと、このことと関係のありそうなことを、大平健(このブログでも何度か著書を紹介したことがある精神科のお医者さん)氏がどこかに書いていたような気がして、ちょっと探してみたのですが・・・見つけました。
大平健著『顔をなくした女』(p.115)から引用
僕は、学術論文であれ一般の書き物であれ症例として将来取り挙げようと思う場合には、必ず、予め患者本人の了承を取ることにしている。(中略)とうてい書かせて頂きたいと申し出ることすらできないことが多い。申し出をするだけで、壊れてしまいそうな医者-患者関係が少なくないのだ。逆にいえば、申し出られる事例は、そうする位では関係が損なわれないような事例だということになる。
この部分を読み返しているうちに、自分が、ブログの存在を生徒に伝えるようになってきた理由について、何とな~く、見えてきたような気がしたのでした。
ブログを始めた当初、ここの記事を読まれることが、読んだ生徒と自分との関係にどういう影響を及ぼすのかが不安だった・・・そのために、存在を伝えることができなかった・・・そんな気がします。
それが・・・今、自分の中で感じているものは少し変化してきていて、ここの記事を読んだ人が、そこで何かを感じて、自分と間の関係が影響を受けたとしても・・・そのことを(自分が)引き受けていくことができるような、うーーーん、「自信」というか「安心感」というか、そんなものが大きくなってきたためのような気がするわけです。
もしかすると、これは、単にぼくの「甘さ」や「浅はかさ」なのかもしれませんが・・・(^^;
ま、マズイことになったら、そのときに、また、考えます(笑)
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おはようございます、10月です(^^)
昨日の夜、「これからは毎日更新しよう!!!」と、固く心に決めたのですが・・・
・・・その日のうちから更新が滞りました(笑)
そこで、速やかに、(自分の中で)目標を「2日に1回更新」に切り替えることにしました。
やはり、目標の設定は、その人の能力に応じて決めるということが大切だな~、と、あらためて思いました(笑)
そういえば、自分が、高校3年生だったとき、学校から駅へ向かう途中に、すごーく好きなラーメン店(○来軒と言いました)がありました。
当時、土曜日は学校が午前中授業だったので、だいたい毎週のように土曜日のお昼は、同じクラスの友人2~3人と○来軒に通っていたのでした。
そんな中、受験が近づいてきたある日のこと、その友人たちと話しているうちに、合格祈願のために、大学に合格するまで何か好きなものをガマンしよう・・・ということになりました。
当然、話の矛先は、○来軒に向けられます。
「じゃあ、合格するまで○来軒には絶対に行かないようにしよう!」
「よし!そうしよう!!」
「わかった!!!」
・・・という展開になったのです。
その日は土曜日だったのですが、放課後、みんないつもの習慣で、無意識に○来軒へ向かい、ラーメンを注文し・・・食べ始めたところで、はじめて、一人の人が自分たちの大きな過ちに気づいたのでした(-_-;
「気がつかないなんてバッカじゃないの?」「言い出したのは○○だろ!」「オレたち、絶対受からないよ!!」・・・
と、お互いを責めあい、罵り合いました(笑)
そのうち、一人が、
「じゃあ、ここじゃなくて、駅ビルの珍○ではラーメンを食べないってことにすれば良いんじゃない?」
と提案すると、みんな救われたかのように、その提案に賛同したのでした。
その翌日、ぼくは友人の一人と市の図書館に行ったのですが、その日のお昼・・・
もう、この後の展開は予想できますよね(笑)
その年・・・一緒に珍○に行った彼は、願掛けを破ったためか、良い結果が出ませんでした。(ぼくは、なぜか、セーフでした(^^;)
というわけで、
『できないことは目標にしない』
・・・と、思ったのでした(^^;
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こんばんは。どうもお久しぶりです(^^)
・・・と言っても、前回の更新から激しく時間が経っていたりもして、誰も読んでなかったりするかもしれませんが・・・(^^;
さて、このたび、自分が担任していた3年生の人たちも、先日、無事、卒業式を迎え、学校を去って行きました。
3年前の卒業式のときと比べると、穏やかで・・・何というか、いつもの帰りのHRとあまり変わらない、そんな最後の時間だったような気がします。
うーーーん・・・とは言うものの・・・この時期というのは、やっぱり、ちょっとさびしい・・・
さて、それで、今日、久々に、記事を書くことにしたのは、卒業していった子の一人が、ブログを始めたとのことで、今日、メールをくれたんです(^^)
これが、ぼくとしては・・・ものすごーく、うれしかったんですよね~(^o^)
この「うれしさ」が何なのか?と考えてみると、たぶん、「自分の存在」を覚えてくれていたことがうれしかった・・・という気がします。自分のことを気にかけてもらえていたというか。
その子からメールをもらって、ぼくのほうも、思わず、ソッコーで、
「ぼくも、ブログやってます!!!」
と、返信してしまいました(^^;
というわけで、もしかすると、読みに来たりすることがあるかもしれませんが、実は、そんなことを思ってたんです(^^;>Aさん
すみません。私信のような記事になってしまいましたね。ま、いつものことか(笑)
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