2009年12月24日 (木)

クリスマス

こんばんは、みなさま。Xmasイブですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

ぼくが勤務している学校のほうも、冬休みに突入しまして、今日は、午前中、アンケートの集計と教室の片付けなどをして、お昼どきに卒業生の子たちが2人遊びにきたので、その子たちと3人で昼食を食べに出かけました。

 

どこに行きたいか聞くと、近くの焼肉屋さんで、食べ放題フェア?をやっているとかで、そこに連れていかれました(^_^;)

 

行ってみると、なかなか値段の張るフェアでしたが(汗)まあ、その子たちへのXmasプレゼントということで、そこで食べることにしました。

 

彼女たちは、お肉、冷麺、お肉、豆腐サラダ、お肉、デザートのアイス・・・というかんじで、お肉以外もいろいろ食べていましたが、ぼくは、お肉、サンチュ、お肉、サンチュ、お肉、サンチュ、お肉、サンチュ・・・という具合に、今から振り返ってみると、その2種類以外のものを食べた記憶があまりありません(^_^;)

 

さて、そうして、みんなお腹がいっぱいになってお店を出てきたと思うんですが、一方の子はお店を出た途端にサイゼリアの◯◯がおいしいとか、××が食べたいという話しを始めました(^_^;) 若い人たちの食欲は侮ってはいけないことがわかりました。

 

そういえば、その子は、今朝、口の中に口内炎ができていたのに、肉を食べているうちに口内炎が治ったと言っていました。

 

もしかしたら、妖怪?(@Д@;

 

・・・と、ふと思いました(笑)

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2009年12月18日 (金)

面談終了

こんにちは。前回の書き込みから大変間が空いてしまいましたが、また、ちょっと出てきました(^^;

 

さて、タイトルの「面談終了」と言うのは、ここのところずっと、クラスの人たちとの面談をしていたんですが、それが一通り終わったと言う意味です。

 

面談は、表向きは(?)成績や進路についての話しをするフリをしているんですが、面談をはじめてみると、みんな、本当にいろいろな話しを聞かせてくれるので、実際には成績や進路などに縛られることのないダイナミックな話しになり、ぼくとしては、ものすごく充実した時間をもらえている気がします(笑)。

 

別な言い方をするなら、面談の中で話を聞いていると、話をしてくれる人それぞれの「生きている時間」が伝わってくるような感じがして、ものすごく大切なものを共有させてもらっているという感じがして、面談相手の生徒に感謝したくなってしまうわけです。

 

たぶん、どんな人であっても、その人の発する言葉(や、飲み込んでしまう言葉)にはすべて、その人の生きている「今」という時間が込められている・・・ような気がします。

 

ですが、その一方で、どういうわけか、「大人」の人たちとの会話の中では「今」という時間があまり感じられない・・・というか、サッパリ感じられないこともあったりします。そして、そういうときには話をしていて、ものすごくゲンナリしてしまうのです。

 

まあ、ぼく自身も「大人」ですから、仕事の話の中ではそれは当然とわかってはいるんですけれども、仕事以外の場面での会話の中で、その人自身(の時間)が感じられないような話が延々と続いたりすると、堪えられなくなってしまうわけです。

 

うーーん・・・この、「ゲンナリしてしまう」「堪えられない」ものを感じるのは、ぼくの中に原因があるのでしょうか??

 

・・・って、ぼくは一体、誰に聞いてるんでしょうか?(^^;

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2009年3月26日 (木)

記事が書けない・・・

こんばんは。

 

昨日は、何か記事を書いてみようかな~・・・と思っていたところに、ちょっと込み入った事情のメールが来て、そのやり取りをしているうちに、良い子は寝る時間になってしまったため、更新できませんでした(^^;

 

それで今日ですが・・・さて、何か書こうと今日の出来事を思い起こしてみたり、自分の中を覗いてみたりしているうちに、

・・・うーー、このことも記事にしたくないし、あのこともまだ書きたくない・・・

みたいなことを感じている自分に気づいたんです。

 

突然話が飛びますが、ぼくが、まだ大学生だった頃、河合隼雄著『カウンセリングの実際問題』という本を読んだことがあるんですが、その中で、事例発表をするということはどういうことなのか・・・ということについて書かれていた部分がありました。

 

そこで書かれていたのは、たしか、カウンセリングが進行中のときには事例発表をするべきではない、ということだったと思います。

というのは、カウンセリングをしているときというのは、カウンセラーとクライエントは内的な世界でたくさんの作業をしている。そのときに、カウンセラーが事例発表をするということは、内的な世界で起こっている動きを殺してしまうことになる。それではうまくいかない・・・

・・・ということだった気がします(^^;

 
 

自分が、言葉にしたくないと感じたことと、河合氏がこの著書の中で述べていることとは、重なっているところが大きいような気がする・・・と、ふと思ったのでした。

つまり、何というか、自分の中で感じていることを、まだ言葉にして固定化してしまいたくない・・・言葉にしてしまうのは、何かつまらない・・・という気持ちが、自分の中にあったわけです。

 

これは・・・ちょうど、ものすごく自分が揺り動かされるような音楽を聞いたり、絵を見たり、映画を見たり・・・した直後に、まだそれを言葉にしたくない、余韻に浸っていたい・・・という気持ちに似ているような気がします。

 

こう考えてくると、

(1)感じていることを言葉にすることで自分の中の何かを守ること(『ブログを書く意味』参照

(2)感じていることを言葉にしないことで自分の中の何かを守ること(本日の記事)

 

という、まったく逆のことが、両方とも自分の中で起こっている・・・ということに気がついたのでした(^^;

 

まー、しかし、今日のように、「記事が書けない」ということを記事にして良いなら、それこそ何だって記事にできそうな気もしますね(笑)

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2009年3月24日 (火)

「嵐の実験&宿題くんSP」

こんばんは、10月です。

 

今、日テレ系で放送中です。

 

先日、前回の実験くんの再放送をしているのを見て、今日の放送を知ったわけですが・・・

 

かーなーりー、面白い!!!(笑)

 

実験そのものも面白いし、嵐と石原軍団のトークも面白いし(笑)

 

うーーむ・・・この番組は本当に勉強になるなぁ(笑)

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2009年3月23日 (月)

mooさんのコメントを読んでいて・・・

こんばんは、10月です。

 

昨日、『ぼくらの』という記事で、同タイトルのマンガを読んでいて、ものすごい救いのなさを感じ、具合が悪くなった・・・ということを書きました。

 

それに対してmooさんが、コメントらんで、

あの救いのなさは、端で見ることしかできないもやもや感とかやりきれなさ感とか、なんだかぐちゃぐちゃに入り混ざった状態になりますが、

と書いてくださいましたが、この中の「やりきれなさ感」という言葉・・・「やりきれない」という言葉のほうが、ぼくが感じていたものを、より的確に表現しているかな?という気がしてきたのでした。

 

「救いがない」と「やりきれない」・・・似たような感覚で用いる言葉のような気がしますが、でも、微妙に違っているような気もします。

 
 

このことを考えていて、ふと、以前観た『トーク・トゥ・ハー』という映画のことを思い出しました。

 

この映画は、たまたま、さくらもどきさん(以前同僚だった、ときどきこのブログの記事にも登場する人)に誘われて観にいったことがあるんですが・・・こちらも、烈しく、辛くなる映画なんです(^^;

 

*     *     *     *     *     

ある男性看護師は、バレエ教室に通う一人の若い女性に恋をします。彼は、彼女と友達になりたいのですが、うまく仲良くなることができないのです。

 

そんなある日、彼女は交通事故に遭います。そうして彼女は脳に障害を負い、植物状態になってしまうのです。

 

そのことを知った彼は、志願して、彼女の毎日の世話をすることになります。彼は、まるで目覚めている恋人に接するかのように、眠っている彼女に語りかけ、笑い、彼女の世話をするのでした。

 

そんな日々が何年も続いたある日、その女性が妊娠していることが明らかになります。当然のように人々は、看護師の男性に疑念を抱きます。

 

彼は、「自分がやった」とは言いませんでしたが、結局、彼女の担当を外され、強姦罪に問われ、拘置所に入ることになります。

 

彼の数少ない友人の一人が、面会に行くと、彼はただ、

 

「彼女と一緒にいたい」

 

と訴えるのです。

 

そんなある日、その友人は、昏睡状態にあった女性が、昏睡状態のまま赤ちゃんを出産し、そのショックで目を覚ましたことを知ります。

 

友人は、弁護士が止めるのも聞かず、彼にその事実を知らせます。

 

しかし、それを聞いた彼は、直後に自殺してしまうのです。それは、仮に自分が刑期を終えても、再び彼女と過ごすことができないということを、知ってしまっていたからでした。

 

彼が自殺してしまったというショックを受け止めきれずに過ごしていたある日、その友人は、街中の劇場で、偶然、彼女と出会い、彼女から

「気分が悪そうですけど、大丈夫ですか?」

と声をかけられ、

「どうかな・・・・・・少し楽になりました」

と、答えるのです。

*     *     *     *     *     

 

若干、記憶違いの部分もあるかもしれませんが・・・ともかく、この映画も、観終えた後で、かなり、具合がわるくなりました・・・。

 

まさに、救いがない・・・やりきれない感じ。

 

その看護師の彼も、友人も、彼女も、みんな、率直に、相手を大切にしようとして生きているのに、不幸なことが起こり、不幸な中に安堵できるものが生じる・・・でも、その安堵は、本当にそれを分け与えたい人には伝えることができない・・・場合によっては、「やさしさ」が人を苦しめることもある・・・

 

ちょっと、そんなことを考えているうちに、「救いがない」ことと「やりきれない」こととの違いが、ちょっと感じられてきたような気がしました。

 

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2009年3月22日 (日)

ぼくらの

こんばんは、10月です。

 

・・・今回もまた、「雨にも負けず」で書こうとしたこととは別なお話です(^^;

 

タイトルの『ぼくらの』というのは、昨日行ったマンガ喫茶で何となく手にとって読んでみたマンガのタイトルです。

何とな~く読み始めたんですが・・・これが、ことごとく救いのないストーリーだったんです。

 
 

その物語というのは、簡単に言うと、中学1年生の子どもたちが巨大ロボットに乗って、敵のロボットと戦い、地球を守る・・・というストーリーなんですけれども・・・ただ、敵のロボットと戦った人は、その戦いが終わったとき、必ず命を失うということになっているんです。

 

死にたくないという理由で、戦いを拒んだ場合・・・その場合は地球そのものが消滅する・・・というルールがあるため、子どもたちには、戦って地球を守ってそのあと命を失うという選択肢しかないわけです。

 

子どもたちは、次の戦いで自分が命を失うという事実を突き付けられます。

 

彼らには守りたい家族や、逆に深い恨みを抱いている人など、一人ひとりが、さまざまな事情を抱えて生きています。そしてそれが「死」という運命を突き付けられることによって、否応なしに直面せざるを得なくなるわけです・・・。

 

読んでいて、すごーく辛いマンガでした(^^;

 

・・・だったら読まなければ良いと思うかもしれませんが、ところどころ、救いのないストーリーの中に、安堵感を感じるところもあって、思わず読みふけってしまった・・・というわけなんです(^^;

ただ、お店を出る時には・・・ちょっと、具合が悪くなってました(^^;

 

ちなみに、昨夜は熱も出ました(笑)

Bokurano_dvd_sp

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2009年3月20日 (金)

ドラマ『ラブシャッフル』を見ていたら・・・

こんばんは、10月です。

 

今夜は、TBS系で放送されているドラマ『ラブシャッフル』の最終回でした。

 

ドラマの一場面で、谷原章介演じる「菊りん」が、昔、好きだった恋人(の男性)に傷つけるような言葉をかけて自殺に追い込んでしまったことが話題になる場面がありました。

 

*     *     *     *     *     

 

そのとき、菊りんは、松田翔太演じる「おうちゃん」(彼は、その自殺してしまった元恋人に似ている・・・という設定)に、

「ひとつだけお願いがあるんだけど・・・自分のことを許すと言って欲しいんだ・・・」

と頼みます。彼(きくりん)は、元恋人の気持が女性に移ってしまったと感じ、傷つけるような言葉をかけてしまったというのです。

菊りんは、目に涙をいっぱいにためながら、しぼりだすように言います。

「・・・ひとりになるのが・・・こわかったんだ・・・」

 

一瞬の沈黙のあと、

「許すも何もないよ・・・あなたを愛していたから」

と、おうちゃんが言います。

 

すると、その言葉を聞いて、菊りんは、涙をぽろぽろこぼし、声をあげて泣くのでした。

 

*     *     *     *     *     

 

正直なところ、この辺のやりとりについては、実は、あまりしっくりこないものを感じながらテレビを見ていたんですけれども(^^;(この、おうちゃんの言葉で、そんなに号泣するかぁ!?みたいな笑)

 

ですが、菊りんが涙をこぼしている様子を見ていると、それまで彼が抱えてきた罪の意識の大きさや、それを一人で抱えるしかなかった大変さや、孤独感や、そういういろいろなものが一気に噴き出してきている感じがして、

 

・・・ああ、良かったなぁ・・・

 

と、思い、同時に、

 

・・・そういえば、自分(←ぼく自身のことです)はいつも、どこかでこんなことを切望しているような気がするなぁ・・・

 

と、思ったんです。

 

 

つまり、ぼく自身は、自分がつながりを持っている人で、何かをガマンしている人、大変さを抱えている人が、それを一時でも下ろして楽になってくれたりする場面に出会えたりすると、自分自身もすごくほっとするというか、自分の中の何かがすごく揺さぶられる感じがするわけです。

 

・・・と、書いていて、これは投影?転移?・・・何ていうんでしょう?(^^; まあ、ともかく、そういったこと以外の何ものでもないような気もするんですが(笑)

 

えーと、この記事も、「雨にも負けず」というタイトルで書きたいことと、少しつながってるんですが・・・また、今回も、やっぱり、そこまで至りませんでした(^^;

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雨にも負けず

おはようございます、10月です。

 

昨日で、今年度の授業も終わりまして、最後の職員会議で新しい人事?が発表になり、来週からは新年度開始に向けて動き出すことになりました。

 

今年度、一緒に仕事をしてきた先生の中にも、転勤することになった方もいらして、昨夜は、こじんまりと送別会らしきものをしたりしました。

 

やはり、毎年思いますが、1年のこの時期というのは、さびしい感じとわくわくする感じと不安な感じと・・・そんなものが和音のように自分の中を流れている気がします。

そういう時期に桜が咲いて散っていく・・・というのは、何というか、とてもしっくりくるというか、桜の花によって、なぐさめられたり、勇気づけられたり、ともに喜んでもらえたり・・・と、そんな感覚があります。

と、こんなふうに考えてくると、日本で?年度の切り替えが4月に行われるというのは、うまくできているな~、と変なところで感心してしまったりもします(^^;

 

タイトルに『雨にも負けず』と書きましたが、最初に書こうとしていたことのほうへ話題が全然移っていかない(^^;・・・いつものことなんですが(笑)

でも、どうも、ぼくの場合、1つ1つの記事が長くなる傾向があるので、『雨にも負けず』については、次の記事に書くことにして、記事を短めにしてみたいと思います(笑)

では、そんなことで(^^)/~~

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2009年3月16日 (月)

早朝の職員室で・・・(今日の記事は、食事前には見ないほうが良いと思います)

こんばんは。

 

ぼくは、いつも7:30くらいに職場に出勤しています。

たいていは、3~4番目くらいの出勤という感じです。

 

今朝も、いつもと同じように出勤して、何気なく給湯室を除いたところ・・・いたんです・・・彼が・・・Σ( ̄ロ ̄lll)


Img_0087

 

彼は、給湯室の壁を、のそのそと這っていたんですが・・・ふと、給湯室のテーブルの上を見ると、

Img_0089

脱皮したばかりの彼の皮が・・・(;д;)

 

そのままにして、出勤してきてそれを発見した誰かがびっくりするのを観察しても良かったんですが・・・あとで、結局自分が責められそうなので、後ろ髪引かれる思いで、片付けることにしたのでした(^^;

 
 

もう少し早い時間に出勤していたら、ちょうど脱いでいるところに出くわしたかもしれないですね・・・それも気持ち悪いかな?(^^;

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2009年3月15日 (日)

無事、帰宅しました(^^)

こんばんは。

先ほど、旅先より無事帰宅しました(^^)

 

家に帰って、あらためて見返してみると、旅行の顛末記だけで13記事、出発直前に書いた記事も合わせると、この2日で14もの記事を投稿していました(^^;

 

もう、最初に書いた記事は、意図的に見ようとしない限り見えなくなってしまっていました(=トップページからは後ろに下がってしまいました)。

 

ま、内容が内容だけに、それも良いかも(^^;

ではでは。

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